2012年5月17日木曜日

「福島の放射能汚染問題への日本政府の対応に関して国連人権理事会に提出するNGO報告書」


呼びかけ文

セーブ・ザ・チルドレンは、第一世界大戦で被災した子ども達の支援を目的として1919年に設立された、世界でもっとも歴史のある子ども支援の国際NGOです。
創始者のエグランティン・ジェブは、第一次世界大戦後、敗戦国の被災児童に対する大規模な国際的支援活動を開始しましたが、数年後にもはや十分な援助資金が集められなくなったことが分かった時、「さらに子ども達への支援活動を続けたいと願うのであれば、子どものために具体的な権利を主張し、その世界的な承認を得るために、私たちは努力しなければならない」と決断し、子どもの権利に関する世界最初の公式文書として1924年に国際連盟第5回総会で採択されたジュネーブ子どもの権利宣言(世界初の子どもの権利に関する国際公式文書)の草案を作成しました。

現在、世界中が福島原発事故による放射能汚染問題と日本の政府・市民社会の対応に注目しています。
福島原発事件の経験と対策を国際的な場で報告し、今後の防災対策に生かすことは日本の私たちの国際社会に対する責務です。
また、国際社会のこれまでの経験から謙虚に学ぶことも必要です。
チェルノブイリ事故後に設定された被ばく者支援基準と対策は、私たちが福島原発事故に取り組む際の参照基準となっています。
福島原発問題に対する日本の取り組みは、今後、世界各地で国際基準として参照されるようになるでしょう。
実際に日本政府は今年10月に宮城県仙台市で防災に関する国際会議を世界銀行と共催で実施し、2015年には第3回国連防災世界会議を日本に招致する方針です。

日本の私たちは、東日本大震災の際に日本を支援してくださった世界の政府や市民社会の人々に対して恥ずかしくない原子力発電所事故による放射能汚染問題に関する対策と基準を作るために努力すべきだろうと思います。

このたび、放射能から子どもを守る福島ネットワークさんのご協力を得て作成した、本年11月に予定されている国連人権理事会による日本審査のためのNGOレポートはそのための第一歩です。
多くの市民団体のご賛同を得て、国連人権理事会に提出したいと考えております。
皆さまのご理解とご支援をお願い申し上げます。


本レポートに賛同いただける団体は、お手数ですが、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの森田明彦宛(morita@savechildren.or.jp)に団体名(英語名もお願いします)を付して、その旨、ご連絡ください。レポートの内容に関するご意見、コメントも大歓迎です。
なお、国連人権理事会への提出期限が4月23日となっている関係上、ご連絡は21日までにお願い申し上げます。


2012 11 月の日本に関する普遍的定期的審査のための情報提供 A. 本レポートの作成過程
本レポートは、セーブザチルドレン・ジャパンが、子どもを放射能から守る福島ネットワー ク他、以下の団体との協議に基づき作成して、共同提出するものである。
B. 国内の状況
2011 3 11 日、マグニチュード 9.0 の地震が日本の東北地方を襲った。同地震と余震、 そして津波によって岩手県、宮城県、福島県は壊滅的な人的・物的被害を受けた。
1 5854 人が死亡し、3155 人が行方不明、そして 34 3935 人が避難を余儀なくされた。 そのうち、子どもの死亡者は 549 名、1000 人以上の子どもが孤児となったか、いずれかの 親を失った。そして、10 万人以上の子どもが避難させられた。
地震と津波は、さらに福島第一原子力発電所の電力喪失を引き起こし、その冷却装置の 機能停止により、原子炉施設の火災、􏰀発、放射能の放出が起きた。多くの人々が放射能汚 染地域からの避難を強いられ、さらに放射能被害を恐れた人々が自発的に避難を行った。
放射能汚染地域の地域社会は、放射能に関する正確な情報の欠如を批判し、原子力発電 所事故によってあり得る即時的かつ長期的影響について深刻な懸念を表明している。福島の 子ども達は、生活環境の変化が彼らの福利にもたらした困難と不便を体験している。避難し なかった子ども達は、放射能のリスクのために野外で遊ぶことができないと不満を訴え、避 難した子ども達は新たな生活環境での不適応や、家族との分離、福島に対する差別の可能性 に悩んでいる。子ども達は、彼らが愛着を感じてきた友人、家族、地域社会から切り離され ているのだ 1。
さらに、将来に対する両親や保護者の不安は、子ども達に対する心理的ストレスを高め ている。

C. 課題
セーブザチルドレンが 2011 年暮れに実施したインタビュー調査において、相当数の子 ども達は、「疲れすぎて、放射能とそのリスクについて考えることができない」と気持ちを 語っていた2。子ども達とその両親は、放射能リスクに関する異なった意見と中央/地方政府 の曖昧な政策によって困惑し混乱しているように思われた。
さらに、子ども達は公共の場で不安を表現することによって引き起こされるかも知れな い差別と対立を恐れて、不安を表明することに困難を感じていた。
アフリカ、アジア、ラテンアメリカの 21 カ国において 600 人以上の子ども達からの聴き 取り調査に基づき作成された防災に関する子ども憲章は、子ども達のための防災に関する 5
つの優先事項の一つとして、子ども達が必要とする情報を入手する権利と参加の権利を挙げ ている3。
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国連子どもの権利条約も、その 4 つの指導原則の一つとして、(意見が)聴かれる権利、 自らの影響を与えるすべての出来事について自由に意見を表明する権利、適当な情報へアク セスする権利を含む、参加の権利(第 12 条)を挙げている4。
さらに、セーブザチルドレン、プランインターナショナル、ワールドビジョンが「気候変 動における子ども同盟」として本年 6 月に開催される国連持続可能な開発会議(リオ+20) 5に向けて作成・提出した意見書も、子どもに影響を与えるすべての事柄について締約国政 府は子どもの参加の権利を尊重しなければならないと主張している。
以上の点を留意し、このレポートでは、以下の 3 点を福島の子ども達に影響を与えている 課題として取り上げた。 

1. 子どもの放射能被曝に関する日本の国家基準は、福島の子ども達の最善 の利益、子どもの生命・生存・発達の権利および健康への権利に基づい ていない。
2. 日本政府は、福島の子ども達の生命・生存・発達の権利および健康への 権利を保護するために必要な立法的措置、行政措置その他の措置を講じ ていない。
3. 日本政府は、原子力発言所事故に関する防災情報を提供する上で、子ど もの最善の利益と健康に関する適切な情報を利用することができる権利 を十分に考慮していない。


子どもの放射能被ばくに関する国家基準
2011年4月19日、文部科学省は、「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断 における暫定的考え方について(通知)」において、学校の校舎・校庭等の利用 判断に適用される暫定基準を、同年3月21日付の国際放射線防護委員会のコメン トにしたがって、年間20mSvに設定した6。放射線量の国家基準が1mSvであった ところから、この文部科学省通知は強い反発と議論を引き起こした。文部科学省 は、その後次第にこの最初の通知内容を修正し、同年8月26日には子どもにとって許容可能な放射能の水準を「原則年間1mSv以下とする」に定めた7。しかし、 年間20mSvという基準は、放射能汚染地域を特定する基準として依然利用されて おり、同年12月26日付の原子力災害対策本部の声明にもある通り、将来の放射能 汚染評価にも適用される8。
これに関連して、郡山市役所に対して子ども達が年間1mSv以下の環境で学ぶ ことができることを保障することを求めた郡山集団疎開訴訟に対する同年12月16 日付の福島地方裁判所郡山支所の決定は「被ばく量が100ミリシーベルト未満の 被ばく領域における被ばく限度の基準は、被ばく量の低い領域でも低いなりの確 率的影響が起こり得ると仮定した上で設定されていることになる。この場合、因 果関係は科学的見地からは不明ではあっても、不明であるからこそ、政策的見地 から、できるだけ安全面に考慮した基準が設定されるのであり、放射線防護学に おいても、自然界に存在する放射線量を超えた被ばくは少ないに越したことはな いとする考え方が採られるのである」と述べている。同決定はさらに「ICRPの 年間1ミリシーベルトの基準も、その意味では絶対的なものではない」と述べて いる9。
より根本的な問題として、年間1mSvという基準が子どもと大人の放射能に対 する感受性の違いという身体的差異を考慮しておらず、その意味で、国連子ども の権利条約が定める子どもの最善の利益(第3条)および子どもの生命・生存・ 発達の権利(第6条)を尊重していないことが挙げられる。
提言:
  1. 1)  日本政府は、可能な限り早期に、かつ2012年末まで、子どもの最善の利益お
      よび子どもの生命・生存・発達の権利の尊重を子どもの放射能被ばくに関す
      る国家基準の見直しに適用すること。その際、放射能に対する子どもの感受
      性の高さを考慮し、新たな基準を福島県内およびその他の都道府県において
      放射能リスクを受ける全ての者に適用し、また今後の放射能汚染地域の指定
      においても適用すること。
    
  2. 2)  日本政府は、出来る限り早期に、かつ2015年末までに、国連子どもの権利条 約を順守した子どもの放射能被ばくに関する国際基準の見直し作業を主導す ること。その際に、福島や諸外国の経験を参照し、関連する国際機関、市民 社組織の参加を確保すること10。

5) Disaster Risk Reduction must reach the most vulnerable. <http://www.preventionweb.net/files/globalplatform/childrencharter.pdf>
4 The four guiding principles of the Convention on the Rights of the Child are;
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1) 2)
Non-discrimination (CRC Art.2)
Best interests of the child (CRC Art.3)
  1. 3)  Rights to life, survival and development (CRC Art.6)
  2. 4)  Rights to participation (CRC Art.12).
5 Attached as Annex to this submission.
6 ‘When the radiation source is under control contaminated areas may remain. Authorities will often
implement all necessary protective measures to allow people to continue to live there rather than abandoning these areas. In this case the Commission continues to recommend choosing reference levels in the band of 1 to 20 mSv per year, with the long-term goal of reducing reference levels to 1 mSv per year’. The International Commission on Radiological Protection (ICRP), “Fukushima Nuclear Power Plant Accident”, (March 21, 2011),ICRP ref: 4847-5603-4313.

て許容可能な放射能の水準を「原則年間1mSv以下とする」に定めた7。しかし、 年間20mSvという基準は、放射能汚染地域を特定する基準として依然利用されて おり、同年12月26日付の原子力災害対策本部の声明にもある通り、将来の放射能 汚染評価にも適用される8。
これに関連して、郡山市役所に対して子ども達が年間1mSv以下の環境で学ぶ ことができることを保障することを求めた郡山集団疎開訴訟に対する同年12月16 日付の福島地方裁判所郡山支所の決定は「被ばく量が100ミリシーベルト未満の 被ばく領域における被ばく限度の基準は、被ばく量の低い領域でも低いなりの確 率的影響が起こり得ると仮定した上で設定されていることになる。この場合、因 果関係は科学的見地からは不明ではあっても、不明であるからこそ、政策的見地 から、できるだけ安全面に考慮した基準が設定されるのであり、放射線防護学に おいても、自然界に存在する放射線量を超えた被ばくは少ないに越したことはな いとする考え方が採られるのである」と述べている。同決定はさらに「ICRPの 年間1ミリシーベルトの基準も、その意味では絶対的なものではない」と述べて いる9。
より根本的な問題として、年間1mSvという基準が子どもと大人の放射能に対 する感受性の違いという身体的差異を考慮しておらず、その意味で、国連子ども の権利条約が定める子どもの最善の利益(第3条)および子どもの生命・生存・ 発達の権利(第6条)を尊重していないことが挙げられる。
提言:
  1. 1)  日本政府は、可能な限り早期に、かつ2012年末まで、子どもの最善の利益お
      よび子どもの生命・生存・発達の権利の尊重を子どもの放射能被ばくに関す
      る国家基準の見直しに適用すること。その際、放射能に対する子どもの感受
      性の高さを考慮し、新たな基準を福島県内およびその他の都道府県において
      放射能リスクを受ける全ての者に適用し、また今後の放射能汚染地域の指定
      においても適用すること。
    
  2. 2)  日本政府は、出来る限り早期に、かつ2015年末までに、国連子どもの権利条 約を順守した子どもの放射能被ばくに関する国際基準の見直し作業を主導す ること。その際に、福島や諸外国の経験を参照し、関連する国際機関、市民 社組織の参加を確保すること10。
7 MEXT, “Notification on minimization of radiation levels of school buildings and schoolyards in Fukushima Prefecture (August 26, 2011)”
8 On December 26th, NERH released “the Basic viewpoints and points for further examination on the reassessment of restricted and deliberated evacuation areas upon completion of the Step 2“, in which it is mentioned that there will be three categories, i.e. the areas where return of residents will be difficult for long period, the areas where people may enter but not allowed to reside in, and the areas where preparation for residents’ return should be promoted.
9 The court judgment by the Koriyama branch of Fukushima district court on December 16th 2011 about the "Fukushima Evacuate Children Lawsuit". Translated into English by Gen Morita <http://fukusima-sokai.blogspot.com/2012/01/court-judgment.html>
10 The Committee to Assess Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation, National Research Council concludes that the risk of cancer proceeds in a linear fashion at lower doses without a threshold and that the smallest dose has the potential to cause a small increase in risk to humans.

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2. サナトリウム形式の、定期的・交代制の健康回復のための一時的避難プログ ラムを含む、福島県の子ども達およびその家族を支援するための、法的措置、 行政措置その他の措置
 福島の子ども達とその家族は、それぞれが置かれた環境によって異なったニ
ーズをかかえている。指定区域から移住することを命じされた人々、放射能リス
クの不安から自分の意志で移住した人々、もともと住んでいた所に住み続けてい
る人々、移住によって家族が分離してしまった人々、一度移住したものの、再び
元住んでいた所ないし福島県下の他の地域に戻ってきた人々など、それぞれがか
かえるニーズは異なっている。
これらの違いにもかかわらず、福島県下の子ども達が共通してかかえている 不満の一つは、戸外で遊ぶことができないということである(国連子どもの権利 条約第31条)。戸外で安全に遊ぶ権利を子ども達に保障することは緊要の課題で ある。しかし、そのためのプログラムに関する情報は、福島の子ども達とその家 族だけでなく、福島県下の地方自治体にも十分に届いていない。移住した人々、 福島に残っている人々、そして支援者(福島県およびその他の都道府県の地方自 治体、企業、市民社会組織を含む)の間に情報共有と財政支援のためのネットワ ーク作りが必要とされている。市民社会からは、定期的・交代制の健康回復のた めの一時的避難プログラムが提案されている。このプログラムにおいて、子ども 達は学校のクラス単位ないし学校単位で出来れば2カ月間11、自由に屋外で遊べ る遠隔地で過ごすことができる。
提言:
  1. 1)  日本政府は、福島の子ども達とその家族が自らの意志にもとづき、避難、もともと住ん でいた所に住み続ける、ないし帰還・再定住を選択する権利があることを認め、保障す ること。
  2. 2)  日本政府は、福島の子ども達とその家族が自らの文化を学び、発展させ、保存し、自ら の文化的アイデンティティを友人達と共有する権利を認め、保障すること。
  3. 3)  日本政府は、福島の子ども達とその家族が差別や報復を怖れることなく、自らの意見を 自由に述べ、その意見が聴いてもらえるように、適切な立法的、行政的、その他の措置 を講じること。
  4. 4)  日本政府は福島県下の子ども達に安全な環境で学び遊ぶ権利および、サナト リウム形式の、定期的・交代制の健康回復のための一時的避難プログラムを 含む適切なプログラムに参加する権利を保障すること。
”Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation:Biologic Effects of Ionizing Radiation (BEIR) 7th report Phase II (2006) . <http://www.nap.edu/catalog.php?record_id=11340>
The European Committee on Radiation Risk (ECRR), in its 2010 recommendations, set 0.1 mSv as the standard for the annual public dose limit. <http://www.euradcom.org/2011/ecrr2010.pdf>
11 Two months is based on the he biological half-time period of Cesium-137, 70 days. <http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/hbase/nuclear/biohalf.html>

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  1. 5)  日本政府は、福島県のみならず避難先での福島の子ども達とその家族の放射 能リスクに関する保健・医療的措置に対して適切な補償を行うこと。
  2. 6)  日本政府は、福島の子ども達とその家族に影響を及ぼす全ての事柄について、 彼らの声を聴き、政策決定過程に反映させるために、監視制度を含む、全て の立法的、行政的、その他の措置を講じること。
  3. 7)  日本政府は、講じた措置およびその成果について定期的に報告を行うこと。
3. 小学校・中高等学校のための放射能に関する副読本の改正を含む、原子力発
電所事故に関する防災教育
  放射能とその影響に関する正確な情報を活用できることは、子ども達とその
家族が自らの健康を守るために正しい選択をする上での前提条件である。
 しかしながら、福島の子ども達とその家族によって繰り返し表明されている
ように、そのような情報は地方自治体および中央政府によってほとんど提供され
ていない。
特に、2011年11月に文部科学省によって制作された小学校・中高等学校のた めの放射能に関する副読本は、その放射能リスクに対する不正確な記述を広く批 判されている。例えば、副読本は許容可能な放射能基準を、欧州放射線リスク委 員会など他の機関によって提示されているその他の基準を認めることなく、国際 放射線防護委員会の勧告に基づいて100mSvと述べている。
提言:
1) 日本政府は、文部科学省が制作した放射能に関する副読本を可能な限り早期 に、かつ 2012 年度末までに、子どもの最善の利益原則、子どもの生命・生 存・発達の権利、子どもの自らの健康に関する適切な情報への権利を考慮し、 また全ての可能な放射能リスクと(それらのリスクからの)保護のために必 要な全ての手段を記述して改正すること。